中之島の精霊流し 2012

Nakanoshima2012
中之島の精霊流しが2012年8月15日に玉江橋南詰で開催されました。
この年は、ボランティアスタッフお揃いの白い法被と、
協賛企業のご提供により歩道の片側に灯りが設置され、
堂島川のライトアップとともに、お盆の送りらしい雰囲気が醸し出されておりました。

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中之島の精霊流し

Nakanoshima2012
8/15(水)16時~19時 玉江橋南詰にて『中之島の精霊流し』が開催されます
中之島の精霊流し実行委員会

Twitterまとめ 2011年9月

懸案も片付き、会務も任期満了で、一息つけるかと思いきやの9月
データベース運営法人の役員に留任し、9月は実に3度の東京出張
相変わらずのバタバタのツィートのまとめはこちら。
Twilog 2011年9月
毎年恒例の大阪クラシック
今年はスケジュールの都合で、中之島ダイビルで開演された、「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲」の1公演のみを聴く。
松竹座
昨年の歌舞伎観劇のメンバーより今年もお誘いを受け、大阪松竹座での
九月大歌舞伎
華果西遊記
勧進帳
幸助餅
海老蔵の勧進帳が注目されていたが、個人的には人情話の幸助餅が良かった。


西心斎橋 ゆうの
観劇の後はミシュラン☆の「西心斎橋 ゆうの」に
女性7名に男一人という状況に、日本酒をしっかり頂いてしまった。


銀座のBarよしゆきに集うHbfのメンバーがオクトーバーフェストとメルクリン社のあるゲッピンゲンで開催されるフェスティバルのため訪独されるということに便乗し、25年前の訪欧時の写真アップしてみた。
あれから25年、懐かしい思いがこみ上げてくる。
時間を見つけて整理し紀行文をまとめてみたいものだ。
3度の東京出張、富士山は2回望むことができた。

帰路は、品川駅構内 沼津魚がし鮨 で鮨を買い求め乗り込む。
車中では、シアター新幹線と称し、SDカードにコンバートしたDVDを観賞
シャル・ウィ・ダンス
プラハ
敬愛なるベートーヴェン
10月の東京出張では、何を観ようか。
また、5月オープンの大阪ステーションシネマでも「コクリコ坂から」を
60年代初頭の横浜だから馴染みのないはずだが、何故か懐かしく感じる。
そんな中、10月1日に開催されるOsaka Z Workshop の準備のためチマチマとトランクレイアウトに手を加えた一月だった。

鳥取藩蔵屋敷跡発掘現場

Tenpo江戸時代、大阪は天下の台所と呼ばれ、諸藩の蔵屋敷が置かれていた。


Keihan堂島川と土佐堀川に挟まれた中之島にも多くの蔵屋敷が置かれ、我がマンションの敷地は豊後森藩と日出藩の蔵屋敷の跡地とのことだ。


0423マンションの隣地は高層ホテルの建設予定地なのだが、GW前に「遺跡発掘中」の看板が掲示された。
隣地は、鳥取藩(米子藩)蔵屋敷の跡地らしく、関電ビルや旧ダイビルの敷地には舟入りもある大規模な蔵屋敷だったようだ。


0506GW明けには姿を現してきた。


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どうやら井戸の跡や、石囲いのようなものが発掘されたようだ。
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発掘調査は1月半ほどで終了し、6月中旬にはすっかりと埋め戻された。
遺構の説明会は無かったが、いずれ「大阪市内埋蔵文化財包蔵地発掘調査報告書」で掲載されるであろうから、2011年版の刊行が待ち遠しい。
追記
タイトルとは関連がないが、中之島の町会が中心となって、8月15日(月)に、田蓑橋と玉江橋の間の堂島川左岸において、精霊流しが開催される。
精霊流しというが、現在は灯篭流しは行わておらず、お盆のお供え物を集め、灯明を灯すだけだが、将来は灯篭流しを復活させたいとのことだ。
昨年開催の「中之島の精霊流し」(産経新聞より)
追記2
今年の開催について、京阪電車の駅等で配布されている、「月刊島民」に掲載された。
月刊島民Vol.37の17頁をご覧あれ。

美術展

ふたつめのイベント
ちゃやまち
8日は母の日を一日前倒しで、土曜のランチ
ホテル阪急インターナショナルの「ちゃやまち」で鉄板焼

FIXIN
昼から、シャンパンに続き赤まで、(ハーフですが)ブルゴーニュのFIXIN。
偶然、ソムリエのU氏がお越しになり、「FIKUSIN」と、いつもながらのオヤジギャグ。


只、食事だけで帰るのも芸がないが、ルノワール展は混んでいるだろうかと。片町の藤田美術館
長く大阪に住んでいながら訪れるのは初めて
藤田美術館
平成22年 春季展 「歴史を彩る 教科書に載る名品」が開催されており、
紫式部日記絵詞や豊臣秀吉画像など、教科書でおなじみの名画や書跡などが、土蔵の中に展示されている。
閉館間際のためか、静かに観覧することが出来た。
一番のお目当て、紫式部日記絵詞、特に第5段の一条天皇の土御門邸行幸当日の朝、藤原道長が縁側より龍頭鷁首の船を下見している図は、写真で見るよりもある塗料の剥げも目立つが、装束の緑色が落ち着きを感じさせ、藤田美術館といえば、この紫式部日記絵詞という感に堪えなかった。
また、曜変天目茶碗は、その名のとおりの曜変が怪しげな輝きを誇っており、これも名品ならではなのであろう。


美術館の入場券に太閤園のティールームの割引券が付いていたので、向いの太閤園でティーブレイク。
この太閤園も、藤田美術館同様、明治期の財界人 藤田伝三郎の邸宅跡だそうだ。
また、藤田美術館の大川側は、旧藤田邸庭園として整備され、一般公開されていることを知った。
機会があれば訪れてみようと思う。