1975年8月20日から21日にかけて富士登山を行いました。
中学3年の春、国語の授業で田中冬二氏の詩「大門峠の見える村」と深田久弥氏の随想「親不知、子不知」を読んだこと。
修学旅行で塩尻峠より残雪の北アルプスを望んだことにより急に登山に興味を持ちだしました。
富士山に登りたいと父に話したところ、夏休みの家族旅行でその望みが実現しました。
前日、新大阪より新幹線で三島まで乗車し、観光バスで時計回りに河口湖に至りそので1泊。
父も母も40台。若いですね。
8月20日の午後、吉田口5合目から登山開始です。
ひたすら杖を頼りに岩の間の道を登った記憶があります。
7合目、少しバテ気味だったようです。
だいぶピンボケですが、父の並んだ写真です。母か弟がシャッターを切ったのでしょう。
この日は8合目の山小屋で止まりです。
夕食に鯨の大和煮の缶詰が出たことを何故か記憶に残っております。