ジャン=ポール・ベルモンド

フランスの俳優 ジャン=ポール・ベルモンド氏(Jean-Paul Belmondo)が、9月6日お亡くなりになったという知らせがSNSのタイムラインに流れてきました。

ジャン=ポール・ベルモンドといえば、アラン・ドロンと共演した、ボルサリーノ(1970)ですね。
ジャン=ポール・ベルモンドは、鉄道ファンだったという説もあり、相続人(1973)の撮影にあたっては、展望車の修復のスポンサーを務めたそうです。

また、アクション・スターとしても活躍し、恐怖に襲われた街(1975)では、メトロの屋根の上を駆け巡ります。
大頭脳(1968)では、フランスのディーゼル機関車が牽引する現金輸送列車を襲撃します。

アマゾンの男(Amazone 2000)では、キューバの蒸気機関車が疾走します。

安らかなお眠りをお祈りいたします

メリー・ウィドウ

久々のオペラ観劇

昨年1月に、フェニーチェ堺でアイーダを観劇以来、新型コロナウイルス感染症の影響により、公演キャンセルが相次ぎ、ようやく、7月18日(日)兵庫県立芸術文化センター において、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2021 メリー・ウィドウ を観劇

開演前の劇場内。オケピの手前には、宝塚歌劇場の銀橋のような通路が設営されていました。
プロモーション映像は2008年の上演より

さて、指揮の佐渡裕氏が、オケピに入って開演というところですが、狂言回しのニエグシュ役の桂文枝師匠が、何故かオケピの手前の銀橋に這い上がり「いらっしゃ~い」
コントを交え劇の解説を語り、開演です。

以下、舞台画像等は、兵庫県立芸術文化センターのTwitterアカウントより。

ピアノに見立てた舞台
パリのマキシムに見立てたヒロイン邸でのパーティでは、フレンチ・カンカンを背景画に
今回の公演、カーテンコールが 歌って踊って約30分にも及び、もう一幕ともいえる特別演出。

劇中、領事夫人 シルヴィアーヌ役の香寿たつきさんの「愛あればこそ」「すみれの花の咲く頃」の歌唱があったり、バレエの踊りが取り入れていたり、フィナーレでは、文枝師匠が宝塚歌劇団風の羽根を背負って銀橋を渡ったりと、盛り沢山の演出に、また日本語上演ということもあり解りやすく、楽しませていただきました。

オペラの後は、劇場併設のレストラン テアトル ル ボア で。
食事を終えると、日もとっぷり暮れており、劇場を後に大阪へ戻りました。

高御座

令和元年10月22日、即位礼正殿の儀が執り行われました。
皇居正殿松の間において、京都御所紫宸殿から移された高御座・御帳台に天皇皇后両陛下がお昇りになられ、天皇陛下のおことば を宣べられました。

この高御座と御帳台は、年が明けて京都御所に還された後、3月に一般参観で公開の予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響により延期され、7月18日から8月27日にようやく公開されました。

そこで、お盆休みの間に参観に行こうとスケジュールを組んでおりましたが、直前になって、参観休止日にあたることがわかり日程変更。

猛暑の中の参観は危険と判断し、開門直後の時間帯のめがけて京都まで。
9時前に到着しましたが、清所門から塀に沿って既に行列が出来ておりました。


順路に従い参観します。


承明門から紫宸殿が見えます。まだ人影もまばらです。



左近の桜


正面に高御座。向かって右に、御帳台


右近の橘


紫宸殿の北面を通り門の外に出ます。


京都御所から、出町柳駅まで向かいましたが、賀茂大橋からは大文字山を望むことができました。

アイーダ – フェニーチェ堺

今年の音活 第一弾は、1月12日にフェニーチェ堺(旧堺市民会館)で開催された、堺シティオペラ第34回定期公演「アイーダ」

堺市民会館には、子供の頃から幾度となく訪れたことがありましたが、堺市から居を離れて以来、ご無沙汰でした。
2019年10月にフェニーチェ堺としてリニューアルオープンし、本公演はそのオープニングラインナップの一つ。


席は、リーズナブルな3階のC席ながら、右袖の後方と舞台を見渡せる好位置。


幕間はお決まりの液体燃料の補給を。シャンパンを思いましたが¥にびっくり白ワインに。

オペラ観劇の際は、いつもどなたかにお会いしますが、この日もN先生に。合唱のお友達が出演されておられるとか。


アイーダといえは、凱旋行進曲そしてこのアイーダ トランペット
開演前、何故に両サイドのバルコニーが空いているのかと思っておりましたら、凱旋の場で、アイーダ トランペットを抱えた奏者さんが、バルコニーに立ち演奏です。
こういう演出も良いですね。

公演の詳細は、私が記すよりプロの方の文章をお読みください。
堺シティオペラ第34回定期公演《アイーダ》|能登原由美 –

 

アイーダの観劇は、ミュージカル1回、オペラ1回と、今回で3回目

アイーダ|劇団四季

ミュージカルでもオペラでも、それぞれの良さがあります。

 

今年は以下の6公演の席を確保しております。公演中止とならないことと、ウイルスの蔓延が抑えられることを願っております。

世界遺産登録 百舌鳥・古市古墳群

ユネスコ世界遺産委員会は7月6日、「百舌鳥・古市古墳群」を世界文化遺産に登録すると決定しました。

堺市出身で、古墳を身近に育った私にとって、嬉しい限りです。
といっても、私の住んでいる地区には、古墳はなかったのですが、少し行動範囲を広げると、古墳の黒々とした森が目につき、小学校の事業等でも、仁徳天皇の治世などを教わり、私の住んでいる堺は、日本の歴史の中でも重要な場所だったのだと、子供心に刻んだものです。

さて、この数年来スマートフォンで写真を撮影し、SNS等にアップしてきておりますが、堺市を訪問した折に古墳を撮影しておりますので、この機会にまとめてみました。

2014年のことですが、仕事で堺市役所を訪れましたので、市役所21階にある展望ロビーに登ってみました。


堺市役所21階展望ロビーは、地上80m 朝9:00から夜21:00まで、入場無料で利用でき、百舌鳥古墳群を高所から展望できる唯一のスポットです。
南海高野線の向こうに広がる森が、仁徳天皇陵(大山古墳)です。


展望ロビー内の喫茶室では、当時はまだ、珍しかった「古墳カレー」をいただきました。

2014.05.02

数か月後、再び堺市役所を訪れる機会があり、阪和線の三国ヶ丘経由で堺東駅に向かいました。
三国ヶ丘駅の南海高野線側の屋上は、みくにん広場として朝9:00から夕方18:00まで、公開されており、仁徳天皇陵を間近に望めるスポットです。

2014.07.17


仁徳天皇陵の南には、履中天皇陵(石津ヶ丘古墳)があり、最近、後円部の対岸に展望台(ビュースポット)が設けられたと知り、訪れてきました。


生憎の天気でしたが、堀を挟んで古墳を間近に望み迫力があります。
スマートフォンのカメラでは全容を収めることが出来ないほどの大きさを感じます。

仁徳天皇陵もそうですが、履中天皇陵の周囲には、多くの培墳が築かれており、ビュースポットの北側には、七観山古墳があります。
七観山古墳は戦後まもなく破壊されたそうですが、近年、古墳を模して墳丘が築かれております。

また、七観山古墳の墳丘には登ることが出来、履中天皇陵をここからも望むことが出来ます。

2019.05.20


Web等高線メーカーというサイトで、国土地理院の地形図に、数値地図のデータから等高線をオーバーレイして出力することが出来ます。


百舌鳥古墳の周辺を早速作図してみました。古墳群の西側、薄青緑色のあたりは、古代は海で、海上からは、大山古墳、石津ヶ丘古墳の二つの大きな古墳が聳えているように望めたのかと想像すると楽しくなってきます。

日本書紀・古事記によりますと、応神天皇-仁徳天皇-履中天皇という系譜ですが、古墳の築造は、石津ヶ丘古墳(履中天皇陵)-誉田御廟山古墳(応神天皇陵)-大山古墳(仁徳天皇陵)の順に築造されたそうです。


「畿内における大型古墳の編年」(白石太一郎)より(一部編集)

それぞれの古墳の被葬者も、実際には不明とのことですが、この図表を眺めているだけでも想像が膨らんでまいります。

なお、当ブログ上では、〇〇天皇陵を表記させていただきます。